日本肩関節学会の取り組み

肩の魅力を語る

肩関節外科医を志す人達へ

黒田 重史

松戸整形外科病院

私は1970年に千葉大学を卒業し、将来の専門分野として肩関節外科に興味を抱いておりました。しかし当時、千葉に肩の指導者は居なかったため、1981年に信原克哉先生にお願いして国内留学させていただきました。信原病院での研修はわずか3カ月間でしたが、動揺性肩関節の実際を見て、私のライフワークである非外傷性肩関節不安定症に出会う事ができました。それまでは関節造影で腱板完全断裂を見つけ、細々とMcLaughlin法をしていただけでしたが、急に視野が開け、本格的に肩にのめり込むことになりました。

肩関節研究会での洗礼

1983年に長崎で開催された第10回日本肩関節研究会で初めて2演題を発表しました。1題はGlenoid osteotomyの効果をCTで定量的に解析した内容でした。この演題に対して長崎の伊藤信之先生にGlenoid osteotomyとScottの手術の違いについて詰問され、答えても答えても「納得できません」とマイクの前に戻ってくる伊藤先生を見ながら、足が震え壇上で立ち尽くしていました。師匠の信原克哉先生が座長でしたが、「もっとやれ」と言いたげに、にこにこされていました。厳しい追及から逃れて、ほうほうの体でフロアに戻ると、山本龍二教授、安達長夫先生、田端四郎先生、三笠元彦先生が手招きして呼んで下さり、慰め励ましていただきました。厳しかった伊藤信之先生も会場を出る時に「さっきはごめん」と肩をたたきながら親しく声をかけて下さり、肩研の厳しさと暖かさを同時に味わいました。

若い先生へのメッセージ

1. 患者データベースの勧め

私は1985年に松戸整形外科病院を開設致しました。開院当初より肩患者のデータ116項目をデータベースに取り込みました。当時は日本語が扱えるPCはNECしかなく、日本語データベースは「桐」しか選択枝がありませんでした。メディアも5インチフロッピーディスクと言うペラペラな磁気ディスクで、容量わずか320kBの中にソフトとデータを格納しました。これをドライブに挿入するとカタカタとのんきな音を立てて動き出します。暫くして20MBのHDDが発売された時には、こんな大容量なら一生使えると思いました。今振り返ると長閑な時代でした。紙カルテの時代は毎日、初診、再診の肩データを全て手入力で更新しました。この作業には毎日1時間半から2時間ほどかかりました。2000年に導入した電子カルテはAccessベースでしたので、クエリーとビジュアルベーシックで簡単に改造できましたので、自分で肩所見入力フォームを作成して、自動で肩データベースに取り込みました。こうして蓄積した肩データは1985年からセミリタイアした2014年までの29年間で40,762例、47,371肩になりました。日々のデータ整理は大変ですが、毎日肩のデータに接していると研究課題が自ずと浮かび上がり、必要なデータは1時間以内に集めることが出来ました。

2. 全ての患者の触診

新患だけでなく再診患者も全て触診します。当たり前のことですが実行はなかなか難しいです。信原病院で動揺性肩関節を見せていただいてから、診断はできるようになりましたが、治療法が判らず、むなしく経過を見ておりました。そんな中で、来院する度に肩不安定性を触診、記録していると、不安定性が変化することを知りました。4年間の経過観察で確認した9.2%の自然治癒は安易な手術適応を戒めています。

3. 非外傷性肩関節不安定症の診療ポイント

保存療法の基本は姿勢矯正

若い女性が肩こりを訴えて来院したら、先ず動揺性肩関節を疑います。上肢下方牽引で骨頭が下方移動するのは検者だけでなく本人も認識できます。次に姿勢を正すと、上肢下方牽引で骨頭が下方移動しなくなった事もまた認識出来ます。これが姿勢矯正の重要性を理解させる重要なポイントです。

機能的関節窩

非外傷性肩関節不安定症の理学療法としては筒井廣明教授が提唱したCuff-Y exerciseが大変有用ですが、肩関節挙上位X線を見ると、非外傷性肩関節不安定症では肩甲骨の上方回旋が不足しているのが判ります。骨頭を中心に肩甲骨がその周りを回転すると考えると、下垂位から最大挙上位に至る肩甲骨関節窩の軌跡が機能的関節窩です(図1)。横断面での関節窩の軌跡(図2)も加わりますので、肩甲上腕リズムが正常に保たれている限り、肩関節は一般に考えられているほど不安定ではありません。静的には猪口にテニスボールを乗せた状態と例えられますが、機能的関節窩を加味すると、小鉢にテニスボールを入れた状態と例えると判りやすいです。従って肩甲骨主動作筋の再教育、強化も重要です。

図1:冠状面機能的関節窩
下垂位から挙上位までの冠状面での肩甲骨関節窩の軌跡(濃いグレー)が冠状面の機能的関節窩。
図2:横断面機能的関節窩
肩甲骨全可動域における横断面での肩甲骨関節窩の軌跡(濃いグレー)が横断面の機能的関節窩。

手術術式

鏡視下関節包熱収縮は無効ですので安易に施行してはいけません。非外傷性肩関節不安定症の主要な不安定方向は下方+前方または後方の二方向ですので、関節窩傾斜角の補正だけではなく、前方または後方の関節窩延長を同時に行う二方向臼蓋形成術を施行しております。完璧な制動効果とは言えませんが、強敵に立ち向かうには今のところ、二方向臼蓋形成術か遠藤寿男先生の大胸筋移行術しかないと思います。特に習慣性後方脱臼に随意性前方脱臼を合併している症例は難敵です。

4. 腱板断裂

腱板断裂の臨床診断で最も有名なのはDrop arm signです。水平外転位を保持できないと腱板断裂と即断しがちですが、この場合最大挙上位を保持できるか必ず確認します。最大挙上位保持可能なら診断は腱板断裂です。最大挙上位保持不能なら責任病巣は三角筋であり、肩外側の知覚障害を伴えば腋窩神経麻痺、伴わなければ解離性運動麻痺です。簡単で有効な鑑別診断です。

ATOS(鏡視下骨孔腱板修復術)の宣伝

2005年にアンカーを使用しない鏡視下骨孔腱板修復術を考案し、現在まで約2143例施行しました。2015年以降は2本の吸収糸マットレス縫合と、3本の非吸収糸ブリッジング縫合を組合わせており、再断裂率は小断裂0%、中断裂0.8%、大断裂7.6%、全体として1.8%と極めて良好な結果を得ております。腋窩神経損傷は1例も発生しておりません。ATOSは手術材料費が縫合糸のみで1000円程度と安価なのも利点であり、このため2014年のフィリッピンで開催されたアジア肩学会での発表以来、インドで非常に注目されております。2016年にはインドで手術供覧と400人を超える聴衆を前に講演を行いました。その後2名の留学生を受け入れました。2021年にはベルリンでのESMED(ヨーロッパ医学会)General AssemblyのThe Future of Surgeryセッションでの講演を依頼され、その数カ月後にはインドのOrthopaedic Principlesでも講演を依頼されていずれもオンライン参加しました。

5. 第32回日本肩関節学会

2005年9月に学会運営会社を使わずに、第32回日本肩関節学会を主催しました。事務局長を務めた石毛徳之先生、私の秘書である娘や裏方を支えてくれた妻は、学会終了時には疲労困憊の状態でした。過ぎてみれば家族総出で運営できた喜びのみが蘇ってきます。本学会では、三笠元彦先生の助言で上腕骨近位端骨折を取り上げました。Codmanがその可能性を示唆した14の骨折型の中で、Neer分類にない骨折型を第32回、伊藤博元教授の第33回、玉井和哉教授の第34回と3回にわたる日本肩関節学会の継続主題とし、その結果は玉井教授執筆によりJSESに掲載されました。

6. 肩関節研究の花道

2021年名古屋で開催された岩堀裕介会長の第48回日本肩関節学会で、特別講演「非外傷性肩関節不安定症の診断と治療」の講師に指名していただきました。学会活動の最後の花道として、日本肩関節学会で私のライフワークを披露できたのは願っても無い事でした。

肩関節外科を目指す若い先生方、多くのデータに裏打ちされた独創的な研究を期待してやみません。

文献

  1. Kuroda S, Sumiyoshi T, Moriishi J, MarutaK, Ishige N. The natural course of atraumatic shoulder instability. J Shoulder Elbow Surg. 10;2, 2001, 100-104.
  2. Tamai K, Ishige N, Kuroda S, Ohno W, Itoh H, Hashiguchi H, Iizawa N, Mikasa M. Four-segment classification of proximal humeral fractures revisited: A multicenter study on 509 cases. J Shoulder Elbow Surg. 2009, 18;6, 845-850.
  3. Kuroda S, Ishige N, Mikasa M. Advantages of arthroscopic transosseous suture repair of the rotator cuff without the use of anchors. Clin Orthop Relat Res. 2013; 471(11): 3514-3522.
  4. Kuroda S, Ishige N, Mikasa M. Reply to the Letter to the Editor. Advantages of arthroscopic transosseous suture repair of the rotator cuff without the use of anchors. Clin Orthop Relat Res. 2014; 472(3): 1044-1045.
  5. Kuroda S, Ishige N, Ogino S, Ishii T. Arthroscopic transosseous suture without implant for rotator cuff tears: Absorbable mattress sutures versus nonabsorbable sutures. Int. J. of Orth. 2019; 28; 6(1): 1003-1011.
  6. Kuroda S, Ishige N, Ogino S, Ishii T. Clinical and economic advantages of anchorless arthroscopic tansosseous suture repair of the rotator cuff. Medical Research Archives. 2021; 9(5): 1-16.

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